2010年3月10日

迷彩の歴史

近代までの軍隊の塗装は、「隠れる」以前に「目立つ」事が重要であった。視覚的手段しか識別法が無い時代、敵味方の識別

や自軍の強さ、また自軍内での士官の地位や権威を誇示するために、軍旗や甲冑、軍服には目を引く配色やデザインが求めら

れた。

近代軍服において初めて迷彩的効果を採用したのはイギリス軍が1848年にペシャワールでの戦いで、現地の色彩に合わせたカ

ーキ色の軍服を用いたのが始まりだといわれている。ペルシャ語ではカーキは「土埃を被った茶色」を意味した。しかしなが

ら、本格的にデザインされた迷彩模様を採用したのは第一次世界大戦中のフランス軍であったといわれている。1914年の末頃

、フランス軍の砲兵隊勤務についた一人の画家が大砲と戦車の迷彩を考案したのがその始まりである。迷彩の効果が確認され

、軍は1915年以降は偽装迷彩隊を結成させ、画家やデザイナーなどがその模様を考案するにあたって起用されたといわれてい

る。その後、イギリス軍も1916年のはじめに同様の部隊を結成・組織するにいたった。航空機による偵察力の向上、兵器の破

壊力の向上に伴い、迷彩の重要性が増し、特に第二次世界大戦以降は各国の軍で一般的に取り入れられるようになった。

カモフラージュの方法は多彩であるが、代表的なものが迷彩である。

迷彩の中でも代表的なものに、分割迷彩と単色迷彩がある。共に、周囲の光景に溶け込むことを目的としたものである。分割

迷彩は、複数の色による分割パターンを描いたものである。単色迷彩は、同じ色の濃淡による模様である。

衣服に用いられた場合は迷彩服という。地上部隊の場合には、当地の植生・気象条件に合わせた数色のまだらや斑点・縞模様

を用いる。具体的には、雪原地帯では白や薄い灰色または白一色、熱帯雨林では、濃緑・濃紺・茶色などである。陸上車輌や

低空における飛行が主任務となる軍用機も同様の迷彩を行う。

背景が空や海となる、外洋の艦船や海洋国の航空機では、周囲の光景に溶け込むためにはもっと単純な迷彩となる。たとえば

、光の当たる部分を暗色、陰になる部分を明色で塗り分けて陰影を相殺する事で視認性を低下させる「カウンターシェイド」

がある。夜間作戦用の塗装などでは濃淡もない一色となることもあり、こうなると迷彩とは言えない。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
このカムフラージュ技術は第一次世界大戦から利用されているんだそうです。

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2009年6月18日

民間療法としての瀉血

ハンセン病の「悪血」を排出することを目的とした瀉血は18世紀以降際立ってくる。古代中国の医書「黄帝内経」に患部の腫れた所から瀉血する記載がある。日本の近世医書にも当初から同病の瀉血療法に関する記載は珍しくない。しかし実際に瀉血することは稀であった。しかし18世紀半ば以降行なわれるようになったのは西欧の瀉血の影響であろう。難点は大量の出血を伴うことである。


瀉血の汎用時代

初期の頃には創傷によって皮下に溜まった膿などを排出させる治療行為であったが、時代を下ると打撲や骨折によって生じた炎症部分を切開し、炎症の軽減を求めるためにも利用され、他方頭痛ではこめかみの血管を切開して、頭痛の軽減を図ろうとしたりする方向へ発展した。この時代においては瀉血は一般的な療法として民間でも行われ、現代の床屋の看板「サインポール」の元である「赤・青・白の縞模様」の由来にもなっている。

なお頭痛治療に於ける瀉血に関しては、頭部穿孔(トレパネーション)の類型であると見なすことも可能だが、その一方で現代医学の範疇でも多血症(下記参照)に一定の症状軽減効果がある事が知られており、当時としても瀉血療法を施した患者の中に、理由がわからないながらも、一定の効果があった、そしてそれが経験的に知られていた可能性もある。ただ、症候学の未発達な時代でもあったため、多血症に原因がある頭痛にもそれ以外の頭痛でも区別されず、一律にこれら施術を行っていた部分もあるなど、必ずしも根拠に基づいた医療ではなかった。

更に時代を下ると伝染病や敗血症・循環器系障害等にまで積極的に汎用(乱用)されたという。この時代においては衛生の維持が不十分であるため、切開部が感染症を引き起こす事も多く、また体力が落ちている患者にまで瀉血療法を行った結果、徒に体力を損耗させ、死に至るケースも珍しくなかった。そのケースに当てはまる可能性のある著名人には、エイダ・ラブレス、モーツァルトなどがいる。

一部では神秘主義と結合し、体内に巣食った霊的な禍が、血液と共に排出されると考えられた所もあり、このような瀉血の汎用は長く続き、またヨーロッパ一帯に広まって近代医療の発展する時代まで続いたという(呪術医の項を参照)。

後に徒に体力を消耗させる瀉血療法の治療効果が疑わしいとして、18世紀以降には次第に汎用される事は減っていった。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
瀉血って民間療法で行ってもいいのかな。少し怖いです。

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